熱愛の終わり
京城から夜行列車に乗った夜は、雨が降っていたという。翌日の昼には船で下関に到着し、山陽線で岩国に戻ると、その足で坂上村に向かった。錦帯橋を左側に見て、錦川沿いの道を歩き、坂上尋常高等小学校についたときは夜になっていた。この話は千代が何度も書いている話であり、彼女の記述を信じるより他に真相を確かめる術はない。岩国駅から坂上尋常高等小学校までの距離は約20kmあり、徒歩だと約4時間30分かかる。千代の熱愛には驚かされる。
学校の小使から自宅の場所を教えてもらい、玉田の家を訪れた。玉田は千代の突然の訪問に驚くとともに、このことが周囲に知られると、次は免職だと感じた。玄関前で口論となり、迷惑に感じた玉田は「すぐに帰ってくれ」と冷たく対応し、千代を突き飛ばした。千代は地面に倒れ、玉田は玄関を閉めて出てこなかった。千代は、すべてが終わったと諦め、来た道を歩いて川西の生家へと戻った。坂上尋常高等小学校から川西の生家までは約17kmあり、約4時間かかる。街灯りのない漆黒の闇の中を延々と歩くことは不可能なため、どこかに留まって明け方に歩き始めたのだろう。
川西の生家に戻った理由を、千代は『朝鮮及満洲』の予約を取るためだと説明した。千代によれば、購読申込書を京城に送ると、購読料の3割を手数料として得ることができたという。このことを聞いた弟の薫は、高森の宇野本家に行って、宇野の分家を紹介してもらえば購読申込が得られるのではないかと提案した。この提案に乗って宇野本家を訪れると、伯父は親類に紹介状を書いてくれた。千代はそれを持って宇野家の縁者を回り、購読者を増やすことができた。
※本稿は、『宇野千代: 昭和モダニズムの伝道者』(NHK出版)の一部を再編集したものです。
『宇野千代: 昭和モダニズムの伝道者』(著:刑部芳則/NHK出版)
和から洋へと移り変わる日本人の価値観に、いかに影響を与えたのか。
近代日本の生活文化に精通する歴史学者が、膨大な史料を精査し、素顔の宇野千代に迫る。
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