倍率は高いのに…

開校の決定から願書の受付までの期間が極めて短かったにもかかわらず、各校には非常に多くの出願があった。既に宇部工業短期大学としての教育実績のある宇部高専で倍率が14.4倍であり、旭川高専にいたっては23.6倍であった。全一期校の倍率を平均すると、17.7倍となる。

工業短大時代の実績は倍率の高さにはあまり関係がなく、新しい高等教育機関である高専への社会的な注目と期待が非常に高かったことによるものだとわかる。その後に開校される学校も、開校初年度の倍率は10倍を超え、そこからしばらくの間も5〜6倍を保つ例が珍しくない。

ただし、入学辞退者も非常に多かった。地元の進学校を受験する予定の生徒が、腕試しに受験した場合が多かったようである。1965年になっても、平均で4割、沼津高専にいたっては半分以上が入学を辞退している。

これは、補欠合格を大量に出さなければならないなど、事務的にも受験生の心情的にも混乱が大きく、専願を促す方途をその後の高専は模索することになる。ちなみに現在、地元の公立高校の入試日に合格者の登校日を設定するなどして、高専専願を促そうとしている学校が多い。