(写真提供:Photo AC)
中学校卒業後の学生を対象とした5年制の高等教育機関「高等専門学校(高専)」。文部科学省の「令和7年度 学校基本調査」によると、高専の学生数は約5万6000人で、前年度とほぼ横ばいだったそうです。どのような学校なのかイメージしにくいという方もいらっしゃるかもしれませんが、龍谷大学文学部准教授・手嶋泰伸先生は「工学系技術者の世界では高専の存在感が大きく、高専が輩出する技術者は日本の産業界と社会を支えている」と語ります。そこで今回は、手嶋先生の著書『高専―戦後日本のエンジニア養成』より一部を抜粋し、高専の知られざる歴史に迫ります。

初の入学試験

1962年4月に開校する国立高専一期校の設置場所が最終決定したのは、その年の1月10日である。

文部省と大蔵省の予算交渉の結果次第で開校可能な学校の数が変わるため、どうしてもこの時期になってしまうのだった。

開校が決定した各校の入学試験実施のスケジュールは、非常にタイトなものである。願書は1月25日に締め切られ、長岡高専を除く一期校一斉の入試が2月24日、25日の2日間にわたって実施される(長岡高専のみ3月10日、11日に実施)。

各高専の設置は決まっていても、学校組織自体は立ち上がっていないので、入試事務などは地元の教育委員会や高校、国立大学に任されていた。