精神科病棟の帰還兵
父は70代になると体が動かなくなり、神経内科がある病院に入院。進行性核上性麻痺という難病だと判明した。看護の手が足らないと日中は家族が通い、オムツ交換や痰の吸引などをしていた。私も会社の休みの日に病院に行き、父の介護を手伝っていた。
夕方、母と一緒に病院から帰る時、母はいつも父が入院している病棟の隣にある精神科病棟に向かって、手を合わせていた。私はそれを不思議に思っていたが、当時、統合失調症を患っていた兄が入院となった時に、この病院に入院して欲しいという祈りだと思っていた。
しかし「帰還兵のトラウマ」を知り、私の考えが違っていたことに気がついた。
6年前に92歳で亡くなった母親の遺品の中から精神科病棟にいる帰還兵のことを取り上げた新聞記事の切り抜きが、難病のことを書いた雑誌のページの間から出てきたことを、今頃思い出したのだ。
母は以前、父と同じ病室にいる患者の奥さんから、精神科病棟には戦争で心を病んだ帰還兵が、高齢になっても入院し続けていることを聞いた、と話していた。
あの時、母が精神科病棟に向かって手を合わせていたのは、そこに入院している帰還兵と自分の夫を重ねて、心の平和を祈っていたのだろう。
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