「寂しさは分かる」一方で「子離れを」の声も
一方、トピ主さんが感じている「娘が遠くへ行ってしまった寂しさ」そのものに理解を示す声もありました。
「思い出を上書きされたと感じたことはないけど、寂しさとかお婿さんに取られたかのように感じることありますよ。もちろん娘本人にもお婿さんや自分の家族や友達にも言いませんよ」(さびしいねこさん)
娘が結婚し、暮らす場所も離れたことで、今までとは違う寂しさを感じる親はいるようです。ただ、その気持ちと「娘が自分との思い出の場所へ夫と行くこと」を悲しむ気持ちは分けて考えたほうがいいという意見も。
「子が巣立ち、大なり小なり寂しさを感じることは、誰にでもあることかと思います。ただ、『上書きされるようで寂しい』とまで思うのは、仰るとおり子離れができていないからだと思います」(やぎの鈴さん)
さらに厳しい意見も寄せられました。
「その気持ち、絶対娘さんに伝えたらダメですよ!完全に毒親になりますよ。娘が責められているようで気にしたり、つらい思いをするのはダメ」(どらこさん)
「娘さんは新たな家庭を築いたのです。親は二の次三の次です。これからは黙って見守り、困ってたら助けてやるぐらいのスタンスでいきましょう」(匿名さん)
娘の幸せを願うなら、自分の寂しさを娘にぶつけるのではなく、自分自身の生活や楽しみに目を向けては、という声です。
一方で、「娘との旅行をもう一度楽しめばいい」という提案も。
「石垣も宮古も何度も行けばいいし」(ひめさん)
「今度は1人で行って思い出をたどるのもいいと思いますよ?」(レイガさん)
娘との思い出がなくなったわけではありません。娘が結婚して新しい人生を歩き始めた今だからこそ、母親自身もまた、自分の楽しみや新しい思い出を増やしていく。そんなアドバイスが多く寄せられ、113件のレスが集まりました(2026年10月5日)。

元『婦人公論』編集長 三木哲男さんのコメント
「思い出を上書きされたようで悲しくなった」というトピ主さんの気持ちは批判されることはないと思います。受け取り方は人それぞれ。それよりもトピ主さんは、なぜ上書きされたと思うのか、自分の気持ちを掘り下げてみてはどうでしょうか。「娘の人生はいつも私と一緒」という思いが、どこかにないでしょうか。愛情という名のもとに、母親が娘を支配するケースは少なくありません。今後、娘さんに子どもができればなおのこと、娘さんの関心は家族に向かいます。多くの方が言っているように、トピ主さん自身の世界を広げてみることが大切です。旅行、料理、サークル。いろいろな場所に出かけてみましょう。将来、お互いに自立したうえで向き合う親子関係は、より心地いいものになるはずです。
みき・てつお 専門紙記者、フリーライターを経て中央公論新社に入社。『婦人公論』編集長を7年半務める。フジテレビ系列「ノンストップ!」ほかコメンテーターとしても活躍
【紹介した〈発言小町〉のトピはこちら】娘との大切な思い出を、上書きされたようで悲しい
