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「記録5」はまだ続いている。

 私は動悸が止まらなくなって、ファイルを閉じた。デスクトップに戻って壁紙を見る。万博の夜景に向かってあの夜のように指を伸ばしながら、霧の卑怯なメッセージについて考えた。

 霧の前妻については寺内町燈路の夜に話してくれた。あれがすべてではなかった。まだ私の知らないことがあるのだろうか。

 立ち上がって、台所で冷たい水を一杯飲んだ。胃がきりきりと痛む。私は胃を押さえながら、寝室に向かった。灯りも付けず、霧の半纏の前に立ってそのままじっとしていた。半纏の藍色は闇に紛れて輪郭がぼやけている。

 私は霧のすべてを知っていると思っていた。だからこそ別れを受け入れた。だが、私の知らない霧がいたのだ。

「霧さん。私に隠し事があったんですか」

 声が震えた。私は絶望という名の棘(とげ)だらけの虫が畳の上から足を這い上がってくるような気がした。虫の棘は氷のように冷たくて、鋭く肌を突き刺す。今はまだ足までだが、いずれは胸まで来て心臓を貫くだろう。

「ねえ、霧さん。私になにもかも話してくれたんじゃなかったんですか。私は騙されていたんですか」

 私は立っていることができず、畳の上に座り込んでしまった。半纏を見上げ、混乱と怒りをぶつける。

「霧さん。どんなことを聞かされようと、私が霧さんのことを嫌いになるわけないでしょう? 好きでいるに決まってるじゃないですか。なのに話してくれなかったのは、私を信じていなかったからですか」

 瞬間、霧の印半纏がかすかに揺れたような気がした。はっとして慌てて灯りを付けた。だが、半纏は衣桁に掛かったまま、すこしも動かない。

 そうだ。私に霧を責める資格はない。私だって、霧に話せなかったことはたくさんあるのだから。

「ごめんなさい、霧さん」

 半纏に向かって何度も詫びる。私はこうやって霧になんでもぶつけられる。でも、霧はもうなにも言うことができない。たとえ見当違いのことで非難されても言い訳をすることができないのだ。

「保身ってなんですか。予防線ってなんですか」

 半纏をじっと見つめたが無論動くわけがない。私は苦笑した。

「霧さんが昔の話をしてくれたのは寺内町燈路の夜でしたね。……今から思えば打ち明け話は夜ばっかり。霧さんは日傘の下ではひんやり涼しげで穏やかに微笑んでいたけれど……夜になって日傘を閉じれば真っ赤に熱を持ってじくじくと痛む……いつまでも治らないかわいそうな擦り傷のような人でした」

 あの蒸し暑い夏の夜、私はきちんと霧の左側を歩いたのだ。そして、とても哀しい話を聞いた。