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二〇二五年 八月
八月、寺内町では「富田林寺内町燈路」といって、古い町並みに行灯を並べて灯す行事がある。それぞれが自分の住む家の前に行灯を並べ、町を照らすのだ。
私は思い切って麻子に父を頼むことにした。
霧を巡って言い争った日から、麻子はまたしばらく部屋に引きこもっていた。だが、ある日突然出てきて、何事もなかったかのように家事をし、介護を手伝い、脚本に取り組むようになったのだ。
麻子は霧のことには一切触れない。心の整理が付いたのか、無理に平常心を保とうとしているのかはわからない。私はその沈黙が不安で怖ろしかった。だが、余計な口出しをして努力に水を差したくない。結局は麻子が自分で折り合いをつけるしかない問題だ。だから、こちらもいつも通りに接することにした。
「麻子。悪いけど、今夜、出かけたいの。お祖父ちゃんを頼める?」
麻子がちらりとこちらを見た。どこへ行くのか、と訊かれたらなんと答えよう。霧とデート、などと言っていいものだろうか。ちりちりと胃が痛んだ。
「わかった。いってらっしゃい」
落ち着いた声だった。麻子は自分で乗り越えようとしている。だから、その強さを信じるしかないのだ。
「ごめんね。ありがとう」
燈路は夕方五時から夜九時までで、寺内町に着いたときはまだ明るさが残っていた。白鳥蔵の前にも行灯を並べてある。優人が上手に絵を描いたものもあって、剣人も瀬良も嬉しそうだった。
白鳥蔵は「蓬命酒ロック」「蓬命酒ソーダ」「蓬命酒カクテル」を用意して、店の前で売っていた。大きな木の桶に氷水を張って蓬命酒とソーダの瓶を浸してある。暑い夜だったので氷水に冷やされた蓬命酒を見て足を止める客も多かった。
剣人と瀬良、それに霧も忙しそうで、私も手伝うことになった。
「剣人、瀬良。俺と木綿子さんで店を見ているから、優人を連れて屋台を回って来いよ。二時間経ったら交代だ」
「ありがとう。霧さん」
瀬良は喜んで出かける準備をしようとしたが、剣人が止めた。
「そんなんええよ。霧さん。よその人に手伝(てつどう)てもらうわけにはいかへんし」
よその人、という言い方が妙に軋んで聞こえた。そう感じたのは私だけではなかったようで、霧も瀬良も思わず手を止め剣人を見た。
剣人ははじめて見るふくれっ面をして私をにらんでいる。瀬良が慌てて剣人の袖を引っ張った。
「霧さんらに任しといたらええねん。……ほら、優人かて屋台を楽しみにしてるんやから」
「でも、燈路は寺内町の大事な行事やし。うちの蔵としてもしっかりやらんと」
「空気読みいや。霧さんと木綿子さんは二人っきりになりたいんや」
