瀬良は剣人を乱暴に引っ張って行ってしまった。霧はその様子を心配げに見送っていた。
「さ、頑張って売ろうか」
霧が予備の半纏を貸してくれた。袖を通すと思ったよりも生地がしっかりしていた。霧とお揃いの半纏をまとうと、さっきまでの憂いが消えた。
眼の前を家族連れ、カップル、グループが通り過ぎて行く。浴衣を着ている者も目立った。大きなカメラを提げた人も多く、みな、熱心に闇に浮かぶ行灯の灯りを撮影していた。
客が来れば霧が飲み物を作り、私がお金を受け取った。ロックは年配の人に、ソーダは若者に、カクテルは女性客に売れた。霧と二人きりなのでゆっくり話ができるかと思ったが、そんな余裕はなかった。あっという間に二時間が過ぎて、剣人たちが戻ってきた。優人はヨーヨー、鉄炮と光る刀を握りしめて、すっかり興奮していた。
「霧さん。おもちゃの鉄炮と刀、買(こ)うてもろてん。ほら、ほら」
「おっ、光ってる。すごいな。かっこいいぞ」
「そやろ。あとで霧さんにも貸したるわ」
そう言いながら優人が霧におもちゃの鉄炮を向けて叫んだ。
「デリート!」
「こ、この俺様がやられるとは……」
霧がうわあーと言いながらよろめいた。優人は決めポーズで得意顔だ。瀬良がうんざり顔で解説してくれる。
「今、はまってるんですよ。テレビのヒーロー物の決め台詞で、敵を倒してデリートって言うと、ぱっと敵が灰になって消滅してまうんです」
「霧さん、楽しそう」
霧がこんなにも自然に「お祖父ちゃん」をやっているのを、すこし離れたところから眺めていた。微笑ましい光景のはずなのにやっぱり霧は寂しく見える。胸が締め付けられるように感じていたら、剣人が私のいた場所に割って入ってきた。
「ありがとうございました。じゃ、俺が代わりますんで」
頭を下げながら言うが、ずいぶんつっけんどんな言い方に聞こえた。
霧は優人と話をしている。瀬良だけがこちらを気遣わしげに見ていた。せっかくの燈路の夜に空気が悪くなってはいけない。私はなにごともなかったかのように剣人と交代した。
「霧さん。みんなが帰ってきたから私たちもすこし休憩しましょう」
「そうだな。じゃ、俺たちもその辺を一回りしてこよう」
霧も私も半纏を脱ぎ、店を出ると、石畳の狭い路に見物客が溢れていた。私と霧は人混みを避け、灯りの途切れた路を歩いた。
「この前、毎年命日に、別れた妻と一緒に墓参りに行くと言った。彼女は今でも傷ついている。俺を怨み続けている。そのことについて、すこし詳しく話しておこうと思う」
結婚を申し込まれた日に聞いていた。だが、あのときは霧の余命のことなどもあって、そのことまで気が回らなかった。
たしか、離婚してから十年以上と言っていた。その間ずっと別れた妻と会い続けている。そしてこれからも続ける、と。たとえただの習慣だったとしても、二人にとっては意味がある。尋常ではないほどの重みを持った意味が。
身体が震えた。嫉妬することすらできない。これは恐怖だ。
話しておこう、と言ったのに霧はずっと黙っている。私も催促せず、並んで歩いた。
展望台まで来た。夜景を見下ろすと、遠くに二上山(にじょうさん)から葛城山(かつらぎさん)、金剛山(こんごうさん)へと続く山並みの輪郭が見える。大屋根リングの上から見たような煌(きら)びやかな美しさはなかったが、胸が痛くなるような寂しさと懐かしさのある光景だった。
霧は真っ直ぐに山を見つめたまま、話しはじめた。
