霧の肩には後悔が揺れていた。彼の人生にしがみつくようにぶら下がる無数の影の塊だ。
どれだけ重いのだろう。これまでも、これからもずっと。
「霧さん。無理にやり直す必要なんかない。やり直せない人生だからといって、誰にも否定される筋合いはない」
私は思わず霧の髪に手を伸ばした。自分の手がシミとシワだらけで醜いことも忘れた。乾いた灰色の髪に触れると、かさかさと枯れ葉が鳴るような音がした。
「私たちはやり直せない人生を生きる。やり直せないまま二人で生きて行けばいい。そうでしょ?」
霧は返事をしなかった。その代わりに私の手を取って頬に押しつけた。すこし汗ばんだ頬を感じると、それだけで胸の奥が熱くなった。
「私も後悔がある。短編を投稿しなければ。夫に黙っていれば。せめてバレないようにペンネームにしていれば。ずっとずっと思い続けている。……私が怖ろしいのは『家計を助けるため』にだけ投稿したのではないこと。自分のありふれた承認欲求を満たすため、いや、夫を見返すためにした」
「それは悪いことじゃない。……でも、君が後悔する気持ちもわかる。だからこそ、君は先ほど自分で言ったことを思い出すべきだ。やり直す必要なんかない。だから、俺たちは後悔を抱えて生きる。俺の後悔も、君の後悔も消えることはない。一緒にいてもだ。君の後悔を肩代わりすることも、俺の後悔を押しつけることもない。後悔を抱えた者が一緒にいたいと思って、ただ一緒にいる。もう離れられないと感じている。それでいいか?」
綺麗事を言わない霧の言葉は寂しいから信じられる。その寂しさは人恋しさではない。虚しい日々を積み重ねてきた者が感じる符丁だ。破れた網戸から吹き込む秋風のような、度の合っていない眼鏡のような、無為で無価値、自分の生など無意味でしかないと思い知らされることだ。
「そう、私も感じている。二人でいれば後悔が半分になるわけじゃない。後悔を抱えた者がただ一緒にいる。それで充分」
そんなふうに私たちは話を終えたのだった。
