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世間から「大丈夫?」と思われがちな生涯独身、フリーランス、50代の小林久乃さんが綴る“雑”で“脱力”系のゆるーいエッセイ。「人生、少しでもサボりたい」と常々考える小林さんの体験談の数々は、読んでいるうちに心も気持ちも軽くなるかもしれません。第68回は「プロの伯母さん業」です。

前回「親戚間の「贈答」をやめた今、贈り物をする相手は関係性を続けたいと願う人。手土産はおばさんの愛」はこちら

誕プレ廃止

前回のエッセイで「もう親戚同士の祝いからは撤退した!」と宣言しておきながら、一転、伯母バカの話である。彼らとの関係性を例えるのなら、貴族と平民。もちろん平民であり、傭兵は伯母である。彼らが何をやっても「素晴らしい!」と褒め称え、たまにもらえるLINEの返信には、仕事よりも早く返信。1時間ごとに変わる設定のスマホの待受は、彼らが交互に登場する。自分に子どもがいないせいもあるが、地元にふたりもいる甥(18)と姪(15)はべらぼうに可愛い。今回はそんな彼らに渡している誕生日プレゼントについて綴りたい。

誕生日プレゼントは年齢上の甥が、15歳になるまで毎年続けてきた。本人の希望も一応聞くが、あくまでも私が彼らに身につけてほしいセンスの良いもの(これが難儀)を選定の基準にして、せっせと貢いできた。献上の褒美に母親である妹から、開封の儀の動画が送られてくる。これが楽しみで送っていたようなもので、この動画を酔っ払って夜中に見るのが至福。たった1〜2分程度の動画に約1万を支払っていたのだとすると、割と高額な推し活を続けていたのかもしれない。ただふたりともだんだん開封動画が恥ずかしく、さらに億劫になってきたらしく、動画が途絶えてしまった。それならもうプレゼントもそろそろ終わりだろうと「誕生日プレゼント終焉宣言」をした。実は宣言に辿り着くまでは、周囲の伯母さんの友人にヒアリングを重ねている。

「姪っ子に誕生日プレゼント? あげませんよ? 私、合計で6人もいるんで全員に渡していたら破産します」

「もともと私はあげていないからなー。久乃は甥っ子に甘いよねえ」

どうも私の周囲の伯母友(オバトモ)はきょうだいの子どもだと、対応があっさりしている。ふつうはそんなものかもしれない。でも私にはプレゼントがなくなったことで、彼らとのコミュニケーションが途絶えてしまうかもしれない危惧があったので、ある提案をすることにした。