映画とは正反対?「カー・チェイス」のリアル

スパイ映画の華といえば、異国の狭い裏通りを猛スピードで駆け抜け、何台ものパトカーを大破させる派手なカー・チェイスである。主役の工作員は交通規則を平然と無視し、凄まじいハンドルさばきで事故を回避するが、周囲の露店が滅茶苦茶にされるだけで、不思議と通行人が巻き込まれて死亡することはない。

しかし、冷静に現実の世界を見つめてほしい。モスクワでも北京でも、ロンドンでもニューヨークでも、スパイの車が街中で大暴走して大事故を起こしたなどというニュースを、あなたはただの一度でも耳にしたことがあるだろうか。

現実のインテリジェンスの世界においては、車で街中を猛スピードで暴走するような行為は、自ら「私はスパイです」と周囲に宣伝しているようなものであり、もっとも避けるべき愚行とされている。

元CIA局員の証言によれば、映画のようなカー・チェイスは、現場には(ほとんど)存在しないという。実際に繰り広げられているのは、華やかなアクションとは対極にある、極めて地味で忍耐強い追いかけっこなのである。

「尾行をまく」のに4~5時間かけることも…

冷戦期、旧ソ連の首都モスクワにおける秘密工作を例に挙げてみよう。外交官などの公的な身分で活動するCIAのオフィサーが、ソ連人の協力者(エージェント)と接触するために大使館を一歩出ると、その瞬間からKGB(国家保安委員会)による執拗な尾行と監視が始まる。

この追跡を振り切るため、オフィサーはバスや地下鉄を何度も乗り継ぎ、ときには徒歩も交えながら街中を移動しつづける。長い場合には4〜5時間に及ぶこともあったという。

このように、映画のような派手なカー・チェイスが現実で繰り広げられることはまずない。求められるのは瞬発力や腕力ではなく、監視のパターンを見抜く観察眼と忍耐力、そして雑踏の中で目立たず行動する技術である。

現実のスパイ活動とは、危険と隣り合わせでありながらも、驚くほど地味で緻密な仕事の積み重ねなのだ。