「先日、岩本さんは、編み物は創造的、って言ってましたけど」
口からぽつぽつと言葉がこぼれる。なにを言いたいのか、自分でもよくわからない。岩本は顔を上げ、はい、とのどかにうなずいた。
「私にとっては、それほど創造的なことじゃないんです。気分転換っていうか、あくまで仕事を続けるためのストレス解消っていうか……定年退職して、毎日の負荷がなくなったらやめちゃうかもなーってぐらいで。だから素敵な作品を作ろう、ってまっすぐに思えて、しかも楽しんでそれを作れる岩本さんが、うらやましいです」
岩本は目を丸くした。それはそうだろう。和やかに編み物を教わるだけの会なのに、突然悩みごとを打ち明けられたら誰だってびっくりする。敦子自身、自分の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
―でも、そうか。ただの趣味ですら向き不向きや、それを楽しむ才能の有無があると知って、私はちょっと、悲しかったんだ。
「じゃあ、永野さんにとって創造的なことってなんですか?」
岩本は首を傾げて問う。敦子は苦々しく顔をしかめ、首を左右に振った。
「それが、ないんです。ない。私はまったく、創造的ではない人間です」
「一つの職場に適応して長くやっていける人が、まったく創造的ではないとは思えないんですが……」
「心から没頭できる趣味とか、生活や子育てにつながる素敵な恋とか、使命を感じる仕事とか、そういうの、みんなどうやって見つけるんですか?」
「みんな見つけてます?」
「私にはそう見えます」
「うーん」
考えながらマルゲリータピザを一切れ頬ばる岩本の左手の薬指には、キラリと輝く指輪が―ない。ない、けれど、話しぶりや表情だけで、彼が特段それを思い悩んでいないとわかる。新しい場所へ移り、新しいことを学び、新しい趣味を始め、誰に認められなくても人生を楽しめる人なのだ、きっと。
「永野さんって、福来屋に勤めて長いですよね。二十年くらいですか?」
「二十五年です」
「あ、すごい」
「いや、別にすごくないですよ。うちはけっこう社員が残る会社です」
「福来屋って売上目標はあってもそこまでピリピリしてないですもんね。そういうところがなれ合いっていうか、会社の弱さになっている感じもするんですが、そうか……うーん、でも、どんなにのどかな会社でも、二十五年続けるのは、やっぱりなにか永野さんにとって、大きな理由があるんじゃないんですか?」
「理由……」
「僕は販売の現場に立ったことがないので想像になりますが、『お客様の笑顔』とか、『チームワークの楽しさ』とか」
「岩本さん、いま自分で言っててうさんくさいって思いませんでした?」
「すみません、根が広告屋なもので」
「売り場のアンケート用紙を通じてお褒めの言葉をいただいたときや、異動の際に寄せ書きをいただいたときなんかは、うれしいです、もちろん。大切に保管してあります。でも、それが働き続ける理由かというと……」
「まあ、ですよねえ。僕も、なんかできるなって理由だけで、ずっと宣伝系の仕事をしている気がします」
「うーん……」
ゆるやかに会話が絶え、二人は黙って指を動かした。―永野さん、作品のふちの部分だけ別の糸で後から編むのってできます? できますできます。端っこの角のところで目を拾って、細編みしていってくださ……あ、ちょっと待って、目がずれてます。一度ほどきましょう。一緒に作業をしていると、会話が絶えたところで別に気まずくならないのがいい。途中からデキャンタの赤ワインとつまみも追加注文し、リラックスしながら編み続けた。
