二時間かけて、岩本は小さくて美しいコースターを完成させた。会社の机で使います、と彼はうれしそうに頬を上気させる。敦子の手袋はまだ数日かかりそうだ。テーブルに広げた道具や素材を片付ける。支払いを終えた岩本に続いて、敦子は店を出た。

 ごちそうさまでした、と店の前でお礼を伝えると、岩本は首を左右に振った。

「とんでもない。僕の方こそ、完成まで付き合ってくれてありがとうございました。編み部のグループチャットにあとでコースターの写真を送って、牧さんと染谷さんにも見てもらおうと思います」

「毎年、二月のバレンタインの時期に、ハートやリボンをモチーフにした衣装を用意しているので、よろしければそこから本格的に衣装作りに参加していただく形でいかがでしょう」

「楽しみです。永野さんはー……帰りは地下鉄ですか?」

「はい」

 敦子はふと、先ほど自分たちが食事を取っていたファミリーレストランを振り返った。

 まだ煌々と明かりがついている。二十三時まで営業するなんて大変だな。きっと店が閉まる頃には、街は真っ暗だ。閉店作業をしながらどんな気持ちになるのだろう。

 あ、と唐突に声が漏れた。半歩先を歩く岩本が振り返った。

「忘れ物ですか?」

「いえ……今、ぽんっと……自分が販売の仕事を続けている理由を一つ、思い出しました」

「お、いいですね。聞かせてください」

「私、忙しいのが好きなんですよ。催事とかイベントとか、今のクリスマスシーズンとか、次々とお問い合わせが舞い込むなか、合間を見て品出しして、売り場を整えて、頭も体もフル回転で対応しているとき、なんていうか……大勢のお客様のお買い物っていう、大きくて、制御ができない、ものすごいエネルギーを持つ眩しい嵐みたいなものが、わっと通り抜けていく感じがして、好きです。閉店後、棚がすかすかになった薄暗い売り場を見ながら、大変だったけど楽しかったなっていつも思う。だから続けるんだと思います」

「眩しい嵐……ですか」

「あ、すみません。わかりづらいこと言って。閉店後って、節電のためにお店が暗くなるんですよ。だから逆に、営業時間中のフロアがぱーっと明るい時間は、販売員的には嵐の中というか……」

「なるほど。面白いな。永野さんは、嵐を楽しむ人なんですね」

 岩本は肩を揺らして笑いながらうなずいた。酒が入ったせいか、昼間よりも動作や口調が砕けている。

「嵐は、毎日九時間の営業時間をかけて、ゆっくりと通り抜けていく感じですか」

「そうですね。午前中はちょっとおとなしめで、昼頃からぐっと主張が強くなって、最後の方はもう大暴れ、みたいな」

 ふぅん、と鼻を鳴らし、岩本はなにか考えている様子で上を向いた。

「なんだか龍みたいですね」

「龍?」

「永野さんの説明が、龍っぽくないですか。売り場を通り抜けていく、長くて巨大な光の龍」

「ああ……」

 日々自分が迎えているお客様の購買行動を龍とたとえられた途端、敦子はてのひらをしゃらしゃらとくすぐる、透明な鱗のてざわりを感じた。巨大なものを丁重に迎え、もてなし、快適に通り抜けられるように支援する。たしかにそういう仕事だ。