心のむなしい日
その年の8月号の『中央公論』に「巷の雑音」を発表し、秋に大森馬込村に転住、そこで尾崎士郎、吉屋信子、村岡花子を知った。
大正13年かに、当時馬込に移住して来た或日、宇野千代は突然私を訪問された。前を通りかかったというだけで別段話もなく直ぐ帰られた。余程心のむなしい日であったに違いない。でなかったら此の別嬪作家がどう迷うても、私ごとき縹緻(きりょう)の好くない男を訪ねてくるわけがなかった。
その以後40年近く私は宇野さんとお話したこともなく、勿論訪ねて見えることもなかった。
私は美人を見ると癪に障り、心では何時も美人というものに難癖をつけてこなごなに粉砕していた。女にもてない男はいつも悲しみだけは持てるものだ。だから文学でどいつもこいつも粉砕するのである。