一つの人間の完成

昭和24年(1949)52歳、小説「おはん」起稿、これが完結まで10年かかった。

これら12、3年の間は作品の数がすくないのは、『スタイル』という雑誌経営、宇野千代の店とか、千代考案浴衣とかいう事業に没頭した。我が国の女流作家で事業を起したのは宇野千代だけであった。

(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

『スタイル』は売れて羽振りはよかったが、やはり時勢に食われ昭和33年頃にこれを廃刊した。やるだけやったという事業熱が彼女のどういうところから食み出したか判らないが、一つの人間の完成というものが現代に築き上げられていたという見方をしてもよい。

宜い加減な情熱ではこんな事業に打ち込めないものだ、情痴の世界ばかりが彼女を蔽うていたともいえるが、それ以上に女性としての困難な事業を10年も最っと先の方に切り拓いたということが、宇野千代に何やら重みを加えたとした方がよい、彼女が大家の列に加わったのも、この事業をやってやり抜いた為であろう、その生涯に何もしないで小説ばかり書いているのもよいが、こういう事業を食い散らすということも、宇野千代という小鳥が別な嘴(くちばし)を持ってそこらを啄(つ)つき廻したことも面白い事であった。

※本稿は、『宇野千代をめぐる男たち』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。本文中に、今日の人権意識に照らして不適切な語句や表現が見られますが、執筆当時の社会的・時代的背景と作品の文化的価値、著作者が故人であることなどを考慮して、そのままとしました。

【関連記事】
尾崎士郎 宇野千代と急速に親しくなった梶井基次郎の態度に納得できず「わだかまり」が。しかしその後、病床から手紙が届いて…
「一番ひそかに、宇野千代の心を惹いたのは彼だったかも知れない」久米正雄が宇野千代と感じた<不思議な縁>とは
朝ドラ『ブラッサム』モデル・宇野千代<若さの秘訣>。「普通の人は大体いろんなことを気にして心配し過ぎる。けれど私は…」

『宇野千代をめぐる男たち』(編:中央公論新社)

宇野千代と恋愛・結婚関係、あるいは特別に親しかった男性作家による宇野千代についてのエッセイ、および宇野千代をモデルにしたと思われる小説を集成。

作品論、書評、解説原稿などは除き、あくまで宇野千代という人物、人となり、女性像に焦点を当てる。