(写真提供:Photo AC)
現在放送中の、連続テレビ小説115作目『ブラッサム』。本作のモデルは、明治から平成まで激動の時代を駆け抜け、生涯にわたって数多くの恋愛と結婚、離婚を経験してきた宇野千代です。同じ時代を生きた男性作家たちは、彼女にまつわるエッセイや、彼女をモデルにしたと思われる小説を書き残しています。そこで今回は『宇野千代をめぐる男たち』より、久米正雄のエッセイをお届けします。

不思議な縁 久米正雄

其頃(そのころ)どう云う訳か、宇野千代さんは、大変困って居られたらしい。それ迄(まで)、女の世界社か何処(どこ)かに勤めて居たのを、どうしてだかやめた後で、止(や)むなく本郷三丁目の、燕楽軒(えんらくけん)に出たのだ。ほんとに止むなく。――宇野さんは其時分二階を借りていた、下の小母(おば)さんとやらには、歌劇女優になったので、毎日其稽古に通うのだと噓をついて。――そう彼女自身は私に話した。

私たちはそうした訳で、宇野さんが燕楽軒に現れた其日、上野山清貢(うえのやまきよつぐ)君に其処へ行っていて、あの人を知った。何処やらに硬い感じはあるが、美しい人だと思った。私も今よりは若かったし、あの人も勿論若かった。そして向うでも、生田長江(いくたちょうこう)氏から紹介して貰う筈だったとかで、私たちと直(す)ぐ話をするようになった。

其時分、彼女は一個の文学少女、と云うのは子供過ぎるが、文学女性だった。故郷を出て、いきなり小川未明氏を訪ねた旨を後で聞いた。

私は彼女の店を退けるのを待って、上野山と一緒に、一、二度追分の彼女の家の方まで、散歩をした。それを後からコック場の人が追(つ)けて来て、後で問題にされたとか云う話もあった。それも仕方が無かった。彼女の後を自動車で追いかけた人なぞもあった程だから。