母との最後のショッピング

今になって振り返ると、介護には段階があって、たとえばスニーカーを履いていた母が歩きづらくなるとマジックテープのついた介助用の靴を履くようになる。それによって私が靴の着脱を手伝うようになる、というように、移ろい続けていく状況についていくのがお互い大変でした。

母にとっても私にとっても初めてのことの連続だったので、これでいいのかしらとハラハラしたり、上手くいかなくてイライラしたりするのは当たり前。それなのにストレスゼロを目指していたことこそがストレスになっていたのです。

岡田美里
母が特養に入ってから1年ほど面会に通いました。(写真:『今だから笑える 笑えない介護の話』より)

事あるごとに、母との間に生じる険悪な空気をどうにかしなければ、ともがいていましたが、実際には、放置しておけば自ずと風化することがほとんどでした。

車いす生活が始まった時も、母は寝たきりになるというのは思い込みだったと認めたのか、グチグチ言わなくなりました。

そればかりか、車いすでの移動はステッキや歩行器より快適だと何やらご機嫌で、冬用の温かい肌着が欲しいから買い物に行きたいと言い出したのです。

気晴らしになるかもねと、車に母と車いすを乗せて富士吉田市へ向かったところまではよかったのですけれど、これが長い買い物で……。

まずはショッピングセンターへ行きたいというので連れて行きます。アレでもないコレでもないと始まって、その時点で私はなんだっていいじゃないと思っていましたが、仕方なく別の店へ。すると、またもや妙なおしゃれ心を持ち出して、これはデザインがイマイチだとか言って、なかなか決まらないのです。

そこで「ママはどういう肌着を探しているの?」と尋ねたら、「テレビで見た肌着が欲しい」というので、結局、オンラインショップで買うことに。私はヘトヘトになってしまいました。