「連載前はネタが尽きないか心配でしたが、連載中に中年本が急激に増えていったのも驚きでした。」(撮影:本社写真部)
30年近く、書評や古本エッセイを書いている荻原魚雷さん。プロ野球選手は引退し、作家も迷走する30代後半から40代の中年期に何が待っているのか。そのような興味から始めた「中年本」の連載をまとめた一冊です。文学からサブカルチャー、漫画など硬軟取り混ぜたラインナップで、先人の体験を転ばぬ先の杖として、さまざまな前例に学びつつ自分に合った年の取り方をすればいい――そんなメッセージを込めたと言います(構成=野本由起 撮影=本社写真部)

中年期には何が待っているのか、世の中年は何を思うのか

かれこれ30年近く、書評や古本エッセイを書く仕事をしています。でも30代半ばを過ぎたある時、若い頃のように小説に没入できなくなっていることに気づいたんです。そんな折に出会ったのが文芸評論家の中村光夫さんの言葉。中年になってからは小説を読んでも「頭から真にうけなくなった」というような一文を読み、「なるほど、この年代にはよくあることか」と納得し、それからは小説に登場する中年に目が行くようになりました。

当時は30代後半でしたが、同年代のプロ野球選手はそろそろ引退する頃。作家の年譜を見ても、40代でなぜかみな迷走します。中年期には何が待っているのか、世の中年は何を思うのか。気になりはじめた私は、いつしか中年に関する本を集めるようになりました。

この本は、そんな「中年本」に関する連載をまとめた一冊です。取り上げたのは、文学、サブカルチャー、マンガなど硬軟取り混ぜたラインナップ。なかでも印象に残っているのは、関川夏央さんの『中年シングル生活』と津野海太郎さんの『歩くひとりもの』。どちらも独身中年の心情や生活を綴ったエッセイです。

私は結婚していますが、ふたりが説く「行きつけの店を持つことの大切さ」に共感しました。中年になると友達と会う機会が減り、家と職場を往復するばかり。独り身では、体調の変化や考えの偏りを自覚するのも難しいでしょう。でも、行きつけの店があれば、店主や常連客との会話を通して、今の自分の状態を知ることができます。飲み屋に限らず、趣味のサークルでもいい。中年以降は社会と接する場を持つことが重要だと感じました。

『中年の本棚』著:荻原魚雷(紀伊國屋書店)

連載は43歳から50歳まで7年にわたりましたが、その間に父の死や母の入院を経験し、実家のある三重と東京を行き来していた時期もありました。覚悟はしていたものの、実際にこうした事態に直面するとどうすればいいのかわからない。それでも、「これもよくあること」と思えたのは、本で予習していたおかげかもしれません。

今までどおりの日常を送れなくなると焦りを感じますが、それも中年が通る道。体力の衰えも、誰もが経験することです。先人の体験を転ばぬ先の杖として、ひとつひとつ壁を乗り越え、知識と経験を血肉にしていくことが中年の課題ではないかと思いました。しかも正解はひとつではありません。いろいろな前例に学びつつ、自分に合った年の取り方をすればいい。それも、この本で書きたいことでした。

連載前はネタが尽きないか心配でしたが、連載中に中年本が急激に増えていったのも驚きでした。今の40代後半は、第二次ベビーブームに生まれた団塊ジュニア。就職氷河期にも重なるので、中年の格差や貧困の本が次々に刊行されています。ジェーン・スーさんのような中年本のスターも現れましたし、最近ではライトノベルの主人公も中年。中年本は、今後さらに勢いを増しそうですね。

敬愛する故・橋本治さんは、50歳を迎えて「やっとスタートラインに立てた!」と興奮したそうです。私はまだその域には達していませんが、どんな困難の中にも楽しさを見つけていけたらと思っています。

昨今は、コロナ禍で「いつか行こう」と思っていた場所にもなかなか足を運べません。だからこそ、「いつでもいいや」ではなく「これはやる」と決めたことを実行したい。すべてを行うのは無理なので、「これだけは」ということに絞り込み、後悔のない中年期を過ごしたいと思います。