出口 いえいえ、そんなことはまったくないと思いますが。(笑) でも、アダム・スミスが指摘した大学の問題点は、250年近く経った今でもそのままですね。
大竹 どうやってモラルを保つのかというのはすごく大事な話です。大半の教員はちゃんとしたことをやりたいと思っていて、それを実践している人が多数派です。けれど、いつの時代にも例外はいる。中には手を抜いている人もいるわけです。しかし、そこだけが目立ってしまうのは問題で、どうコントロールしていくかは何年経っても同じだと思います。
エピソードで判断してはいけない
出口 アダム・スミスは「エピソードで判断してはいけない」と言っているように思います。たとえば生活保護でも悪用している人のエピソードはよくアピールされますが、データを見れば悪用している人は数パーセントです。むしろ、本来、生活保護を受けてもいいのに冷たい目で見られるから我慢している人のほうがはるかに多い。アダム・スミスは繰り返し、悪いエピソードはよく取り上げられるけれど多数派ではないと書いていて、エビデンスで多数派か少数派かを考慮しなければということを教えてくれている気がします。
大竹 おっしゃる通りですね。また、悪用している人を相手に社会のシステムを作るのは良くない。
出口 社会のシステムは大多数の人にとってうまくまわるようにすべきです。そういう意味では、アダム・スミスは全体の整合性をとるように常に目配りをしていて、全体最適を考えていた人のように思います。
大竹 社会全体の利益について、何度も強調していますね。さらに、損をする人もいるということはつねに考えていて、一部の例外はあるかもしれないと書いた上で、その対応の仕方まで考えています。
出口 だから『国富論』は長くなったんですね。(笑)
※第3回は11月予定です
経済学の古典中の古典『国富論』(全3巻/大河内一男・監訳)刊行開始!
『国富論 Ⅰ』※2020年9月25日刊行
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大竹文雄
行動経済学者
1961年、京都府生まれ。京都大学経済学部卒業。85年、大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了。同大学経済学部助手、同大学社会経済研究所教授などを経て、同大学大学院経済学研究科教授。大阪大学博士(経済学)。主な専門は、労働経済学・行動経済学。日本経済学会会長。2008年、日本学士院賞。著書『日本の不平等―格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞社、05年サントリー学芸賞、日経・経済図書文化賞、エコノミスト賞受賞)、『競争社会の歩き方』(中公新書)など
出口治明
立命館アジア太平洋大学学長
1948年、三重県に生まれる。立命館アジア太平洋大学(APU)学長。ライフネット生命保険株式会社創始者。京都大学法学部を卒業後、1972年、日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長を経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年、生命保険業免許取得に伴いライフネット生命保険会社に社名を変更。2012年、上場。社長、会長を10年務めたのち、2018年より現職。訪れた世界の都市は1200以上、読んだ本は1万冊超え。主な著書に「生命保険入門 新版」(岩波書店)、『全世界史(上・下)』『「働き方」の教科書』(ともに新潮文庫)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎新書)、『0から学ぶ「日本史」講義(古代篇・中世篇)』(文藝春秋)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『座右の書『貞観政要』』(角川新書)、『人類5000年史(1~4)』(ちくま新書)、『還暦からの底力』(講談社現代新書)などがある。