イラスト:ホリベクミコ
親からの《遺産》は、お金だけとは限りません。思ってもいないものを、受け継ぐこともあるようです(「読者体験手記」より)

煩わしく思っていた母が膵臓がんに

「同じ靴は2日続けて履かないこと」「ペディキュアは夏だけでなく一年中塗る」「顔のうぶ毛は2週間に1度は剃るように」……。いつも、うっとうしいな~と思っていた母の小言。すべて聞き流していたつもりだった。だが、母が4年前に他界してからは、そんな小言ばかりが脳裏によみがえる。

他人の言動に厳しかった母。自分の友人が私の弟の結婚祝いの品を、箱をつけずに簡易包装で送ってきたからといって、「彼女は常識がない」と私に愚痴ったこともある。細かいことを気にしない私にとって、母の姿は、「面倒くさい“常識”の押しつけ」と映っていた。

口うるさい母を煩わしく思っていたが、どこの家庭よりも会話は多かったのではないかという自負がある。実家から一度も出たことのない私は、母が亡くなる直前まで、日々のできごと、思ったことなどを母と報告し合っていた。意見がぶつかることもあったけれど、母の価値観にどっぷり浸かっていたのだなと思う。

毎日の雑談のなかで、母の「死生観」についてもしっかりと聞かされていた。あまり長生きせず父より先に逝きたいこと、自分の葬式は家族葬にし、最後に見送る際のBGMはマーラーの葬送行進曲「交響曲第5番第1楽章」にすることなど。

音楽好きであった母のこだわりであろう。テレビでマーラーの曲が流れるたびに、「これ、絶対にこの曲ね!」と興奮気味に私に言っていた。「はい、はい」といつも適当に返事をしていたが、その時が思ったよりも早く来てしまう。4年前、私が32歳の時だ。