闘病中も注文は続く

健康番組はすべて見逃さないほどの健康マニアだった母は、膵臓がんと診断を受ける。病名を聞いて、私は目の前が真っ暗になり、深い絶望感に襲われた。「膵臓がんは治療が難しい」ということは母から聞かされていたし、知識としても知っていたからだ。

母の親である私の祖母が60歳で胃がんのため亡くなっていたこともあり、母は健康に人一倍気を使っていた。それだけにとても悔しがっていた姿を今でも覚えている。このとき母は64歳だった。

病気のことは、母の希望で、私たち家族と母の妹家族のほかには知らせなかった。後日、親友3人には自分からメールで病状を明かしたようだ。

病気になってからも、注文は続いた。「病室は個室がいい」「新しいタオルと基礎化粧品は切らさず病室に持ってきて」。

さらには、個室のソファが汚いと、「みっともないから、家からラグマットを持ってきて隠して」と言い出す始末。「自分が大変な病気だというのに、もう!」。相変わらずの母。苦笑いしながら、ちょっと安心する自分もいた。

検査入院の結果、手術不可能なステージ・であることが判明し、自宅で抗がん剤治療をすることに。母は、嘔吐する姿を決して私たちには見せなかった。人知れずトイレに駆け込み、掃除までした。母の美学というか、意地ってやつだ。