幼い頃の筆者(左)

病棟内では有名な我慢強い子だった

ふみちゃんは、私が7歳のときに出会った女の子だ。ふみちゃんも私とおなじで、小学校の夏休みを利用して、心臓手術のために静岡にある大きな病院の子ども病棟に入院していた。私の母とふみちゃんの母は、すぐに意気投合した。住んでいる場所も近いし、子どもの年齢も同じだし、なんと母とふみちゃんのお母さんまで、偶然にも同い年だったのだ。廊下でぺちゃくちゃしゃべる母とふみちゃんのお母さんの様子を見ながら、私もふみちゃんと意気投合しようとした……のだが……。

ふみちゃんはめちゃくちゃ暗い女の子だった。暗い上に、ものすごく泣き虫だった。7歳の子どもが入院しているんだから、暗くもなろうと今は理解できるのだが、幼かった当時の私には、ふみちゃんのそのどんよりとした暗さが重荷に感じられた。そして私が一番辛かったのは、ふみちゃんの泣き声だった。

ふみちゃんは、看護師が病室に現れようものなら、耳をつんざくような声で泣きわめいた。注射を何よりも怖れていたふみちゃんは、まだ、針も刺さっていないというのに、小さな体を渾身の力で強ばらせては、医師や看護師の手をはねのけ、抑えつけようとするお母さんに噛みつき、暴れに暴れた。その暴れぶりたるや、同室の他の子どもたちまで怯えて泣き出すほどだった。

一方の私は、病棟内では有名な我慢強い子だった。理子ちゃんは我慢強い、理子ちゃんは絶対に泣かないと大人の誰もが言い、そして私を褒め称えた。だから私も、私は強い子だ、泣かない子だ、我慢出来る子だ、注射なんてへっちゃらだと思っていたし、そんな自分が誇らしかった。でも、ふみちゃんはダメだ。弱虫すぎる。ぎゃあぎゃあ泣きわめいて、周りに迷惑をかけ、他の子どもまで泣かすんだから、本当にダメだよね……私はふみちゃんを疎ましく思うようになり、看護師が私の腕に針を刺すたびに、ふみちゃんの方をちらっと見ては、どう? 私って強いでしょという表情をした。とても痛いというのに、まったく痛くないわ、こんなもの楽勝よといった顔をしてみせた。とてもわざとらしく、誇らしげに。そして、ふみちゃんが泣きわめく姿を見ては、心のなかで笑っていた。