「村井さん、大丈夫ですか?」

47歳の私は、7歳のときに感じた悔しさと、悲しさを甦らせ、そして暗い病室のベッドに寝ていた。泣き虫で弱虫だったふみちゃんは、実はとても強い子で、私よりもずっと先に歩き出し、そして退院していった。たしか15年ほど前に母が「あの時のふみちゃん、すごく元気らしい。結婚して子どもが3人だって」と教えてくれた。きっとふみちゃんは、今でも元気だろう。肝っ玉母さんだろうな。私みたいに、まさかの弁膜症で、こんな薄暗い病室に1人で横たわっているなんてことは、絶対にないはずだ。

私は完全に自信を失っていた。なにせ私は、順調だった仕事も諦めざるを得ないし、小学校5年生の双子の息子たちを残して入院してしまった。生きて戻ることができるかどうかもわからない。飼ったばかりの大型犬が家から逃げ出して、私を探して近所を徘徊していたというメールが届いたのも、大きなダメージだった。とことん落ち込み、万が一、死んだときはどうしようと考えをまとめはじめるほど、どん底の気分だった。しばらくすると、主治医がパタパタと小さな靴音を立てて、私のところにやってきた。

彼女はとても若く、穏やかな人だ。にこやかに笑っていた。柔らかな声で、「村井さん、大丈夫ですか?」と、聞いた。その優しさに、もうダメだと思った。私はふみちゃんのように大声で泣いてもいいのだ。私よりもふみちゃんの方が、ずっと強かったじゃないか。
ボロボロと泣きながら、「大丈夫じゃないです」と答えた。すると主治医は少しだけ笑って、「それはそうですよね。突然のことですから。眠れそうですか?」と聞いた。「眠れないと思います」と答えると彼女は、「それじゃあ、お薬を出しますね。それを飲んでゆっくり眠って下さい。少し落ちついたら検査がはじまりますからね。忙しくなりますよ」と言い、去って行った。

すかさず、横のベテランが声をかけてきた。私が泣いたので、慰めようと思ってくれたのだろう。

「大変やなあ~。心臓やもんなあ~。私は大腸や。ほんま、辛いで」と言う彼女に私は、「そうですか。それはお辛いですね。お大事にして下さい」と答え、布団をかぶって目をつぶった。個室を頼み、メラメラと燃やしていた闘志は、完全に鎮火していた。

次回●「テリトリー侵害を繰り返す、隣のベテラン患者と決別した話」

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