第1回が配信されるやいなや、大きな話題になった翻訳家・村井理子さんの隔週連載「更年期障害だと思ってたら重病だった話」。47歳の時に心臓に起きた異変。心不全という診断にショックを受ける村井さんをさらに追いつめる隣のベテラン患者の振る舞い。病院に「個室に移りたい」と伝えたが……。『兄の終い』の著者が送る闘病エッセイ第4回。

前回●7歳、子ども病棟で、私とふみちゃんの関係性が逆転した話

私は、場所が変わると眠ることができない

横のベテランからの度重なるテリトリー侵害は続いていた。彼女は食事の時間になると、あれやこれやと大きな声で文句を言った。

煮物の味が薄ぼんやりしとって、食べられたもんじゃないわあ。フルーツの切り方が大きすぎるんとちゃう? こんな食べもん、病気の年寄りには無理やと思わへん? まったくどないなっとんねん、この病院は! と、大きな声で騒ぎまくる。その大声の合間に「ちょっと! おとなりさん!」と私を呼んでは、「あんたにこのゼリーあげるし、そこに落ちたティッシュ取って」と、まるで自分の娘に頼むように言っては、私をマジックハンド(体を思うように動かすことができない患者が、遠いところにある何かを掴むときの道具。ちなみに病院の売店で売っている)のように利用するのだった。

そのうち隣のベテランの扱いに慣れてきた私は、本を開き、集中して書を読んでいますというオーラを放ちながら、彼女の声かけを2回に1回は無視するようになっていた。私のその毅然とした態度を感じ取った彼女は、御しがたいと思ったのか、それとも退屈したのか、今度は自分の前のベッドの女性に向かって、私に聞こえるように「横の人は気難しいてかなわんな。学校の先生やろか、ああ怖い、怖い」と言っていた。ちなみに、前のベッドの女性は重い病のようで、私が入室してから一度も目を覚ましていないようだった。

ベテランの成敗に成功した私が次に戦っていたのは、自分自身の苦手だった。私は、場所が変わると眠ることができないうえに、極度に緊張し、視界に入るものすべてに違和感を覚えて逃げ出したくなるというやっかいなくせがある。