大部屋に入室した直後から、ぞわぞわと背中に寒気が走るほど私を悩ましていたのは、ベッドのシーツが、真下の深緑色のビニール製マットレスの表面を滑る感覚だった。私にとっては、いてもたってもいられないほど不快な感覚だ。もちろんシーツは清潔だけれど、紙のように薄く、下のマットレスの表面と擦れて、さらさらと音を出し、微妙に滑る。このシーツが滑る感覚とわずかな音が、私を精神的にじわじわと追いつめた。
まくらだって清潔なのはわかっていた。でも、薄くて、頼りなくて、サイズ感が微妙なうえに、あきらかに使い古されている。隣のベテランとの間に引かれたカーテンの下の床には、毛髪が何本も落ちているのが見える。やめようと思うのに見てしまうのだ。
ああ、神様。助けて下さい。私は出された夕食にも手をつけず、広げた本の上の同じ文字列を繰り返し、繰り返し読みながら、ただひたすら祈った。21時少し前に処方された睡眠薬をあっという間に飲むと、これまた清潔だけど薄くて頼りない掛け布団を頭からかぶり、二度ほどぶるっと身震いしつつ、神様、助けて下さいと何度も唱え、いつの間にか眠りについた。
「病気やから仕方ないことなんやで、あれは」
さて、夜中である。大きな声が聞こえたような気がした。看護師さんが懐中電灯を片手にパタパタと足音を立てつつ大部屋にはいってきて、隣のカーテンを開けたような音もした。「助けて! 助けて!」と、誰かが言っていたような気もする。しかし、私は睡眠薬で朦朧としており、ぼんやりとした意識しかなく、すぐに深い眠りに戻ってしまった。
翌朝6時半頃、横のベテランがカーテンの隙間から私のほうを覗き見ながら、「ゆうべはごめんね」と照れ笑いをしながら言った。私は正直に「私、ぐっすり寝てたんで、何もわからなかったです」と答えた。すると彼女は、「それやったらええねんけど、あたしは病気やから仕方ないことなんやで、あれは」と言い訳するように付け加えた。