二人でジップロックを逆さにして洞窟の入り口に硬貨を注ぎ込む、と、その時であった。ピー、と軽快な音がして赤ランプが点いた。液晶画面に「硬貨を入れすぎです。枚数を減らしてください」! ひええ、やっちまった。慌てて硬貨を掻き出す二人。しかし小さなジップロックの袋に戻すのが思いのほか難しい。

きゃー待って待って、あ、10円落ちた、こっちも! 鳴り続けるピー音、やがてそれは警戒度アップのピーピーピーに、そして。全てが停止した。機械、固まった。「お取り扱いできません」と無情に宣言された。硬貨を飲み込んだまま、洞窟の口が閉じてゆく。沈黙するATMの前で、両手に山盛りの小銭をのせて身動きできない私たちはただ立ち尽くすのみであった。

「お客様どうなさいました?」と、銀行のお姉さんが救助に来てくれた。「いくらお入れになったかおわかりですか」「いやそれが適当にザーっと入れちゃったので」って、子供のお使いじゃあるまいし、ATMを壊すだなんて。

ドラマの役柄のせいか見た目のイメージなのか、わりと「キリっとした」「デキる」女みたいな形容詞をつけていただいて、自分でもすっかりその気になっていたが、近頃それは錯覚だと(ようやく)気づき始めたところである。結構いろんなこと、できない。特に数字に弱い。保険とか税金とか、銀行とか。社会人としてあまりに未熟だと痛感する今日この頃。

10分ほど待って無事に洞窟から発掘された小銭たちは、改めて窓口で娘の口座に入れていただいた。「最初から窓口に来ればよかったね」と娘が囁く。お勉強したのは、母のほうであった。

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