女優の鈴木保奈美さんが『婦人公論』で連載しているエッセイ「獅子座、A型、丙午。」の単行本発売を記念して、収録作の一部を期間限定で配信しています。ある日、真っ赤に泣きはらした目をして末娘がベランダから戻ってきた。涙のわけは――
母になる、進化中
ベランダでなにやらゴソゴソやっていた末の娘が、真っ赤に泣きはらした目をして部屋に入ってきた。お気に入りの、ナイキのスニーカーがぐちゃぐちゃになってしまった、というのだ。
ことの起こりは花火大会だ。友達数人と出かけた娘は突然のゲリラ豪雨に見舞われ、会場近くの友達の家に避難した。そのお宅ではいきなり駆け込んできたびしょびしょの中学生たちを温かく迎え入れてくれて、お菓子や果物まで出してくれた上に、Tシャツから短パンからビーサンまで一式貸し出してくれた。そして帰り際、濡れた服は置いていっていいわよ、洗っておいてあげるから、とまで言ってくれて、娘はさっぱりして帰宅したのであった。
さて、夏休みが終わり、預けたお洋服が洗濯されて戻ってきた。さらに。雷雨騒ぎのさなかにあまりにもビチャビチャで、とりあえずビニール袋に入れて丸めて何気なくお友達宅の玄関の隅にでも置かれていたのであろうスニーカーも、そのままの保存状態で戻ってきたのである。そりゃあ、どれだけ悲惨な状態になっているか見なくても想像がつく。ていうか見たくない。
娘は自分で袋を開けてびっくりして、洗剤と雑巾を持ってベランダで修復を試みたようだ(外に出たところに若干の成長の証が読み取れる)。しかしシミやカビが取れようはずもなく、落胆と怒りでなかばパニックになっている。