『食べることと出すこと』著◎頭木弘樹 医学書院 2000円

 

二十歳で原因不明の難病に

心であれ体であれ、どうしても元気が出ないときはある。理由はちゃんとあったりよくわからなかったり。気を紛らわしたくて何か読もうにも力強いストーリーにはついていけない。そんなとき、この〈弱い本〉を開きたい。

健康な二十歳の大学生だった時、著者は潰瘍性大腸炎に罹患した。原因不明、症状の個人差は大きいが、治ることのない難病だ。薬で治まっている時期も食事のたびに食べて大丈夫なものかどうかを警戒し、人前で漏らしてしまうのではと不安を抱え、痛みと孤独に苛まれる日常。生きることの基本であり、当たり前だったはずの〈食べて出す〉がうまくできなくなると、人はこんなにも弱い存在になって世界の見え方が一変するのだという事実に、しみじみと驚かされる。

シリアスな闘病記でもあるのだが、淡々とした筆致で、ときに不思議なユーモアさえ漂わせながら綴られる具体的な経験の一つ一つに引き込まれた。特に、治療のための絶食期間中に体のいろんな部位がどんな感覚になったか、その後に食べたものをどう感じたかというエピソードは意外性に満ちていて、こう言っては申し訳ないのだけれど、たいへん面白い。

著者自身の体験と感覚は、カフカの小説や山田太一のエッセイなどさまざまな文学作品に記された言葉に反応しながら、普遍的な思索を育んでいく。なぜ人は自分の差し出したものを「食べられません」と拒む相手をゆるせないのか。病人に〈明るくしていること〉を求めるのはなぜか。とことん弱く、弱いままに生きるしかない存在の持つまなざしが、社会や人間心理の歪みを映し出す。

コロナ禍の現在、私たちは人といっしょにものを食べることにリスクを感じるようになった。筆者の生きる世界にほんの少し近づいたのだろうか。だとしても、私たちの想像が及ばない他者の事情や痛みは必ずあるのだと考える大切さを、本書は教えてくれる。