だが数年つき合ったその医師とは、結局“男女の仲”にはならなかった。「隠し子」をもうける相手と出会ったのは、20代の初め。お相手はやがて自民党の重鎮となる政治家S氏である。すでに女剣戟で名を馳せていた新進女優と政界の大物とを結びつけたものとは、何だったのか。

───────

料亭で出会った大物政治家

大蔵大臣をやっていた泉山三六(いずみやまさんろく)という代議士が、泥酔して国会内で進歩党の山下春江議員にキスを迫るという事件があったのよ。昭和23(1948)年。「国会キス事件」とものすごく騒がれて、あたしんとこにも新聞がコメントを求めに来たから、「別にいいんじゃない」くらいに答えた。そしたら「浅香光代はいつでもキスさせてやると言ってる」みたいにオーバーに書かれちゃってさあ(笑)。

ところがそれを見た泉山さんが喜んで、料亭のお座敷に呼んでくれるようになったの。もちろん、それまで政治になんて縁もゆかりもありゃしませんよ。泉山さんは酔うと胸はつかむわ、お尻は触るわ……ああこれじゃ何を言われても仕方がないな、と思ったけれど(笑)、気前よくお小遣いもくれるし、お座敷がかかれば必ず行っていました。

昭和30年代後半の『勧進帳』。十一代目市川團十郎さんが浅香さんに惚れ込み、衣装一式をそろえ、新橋演舞場で自主公演としてプロデュースしてくれた。弁慶を務めたのは女性で初だった

ある日、たまたまその料亭の別の部屋にいたのがSさんでした。後に自民党の要職に就く方。Sさんが帰ろうとしたら、何やら盛り上がっている座敷がある。女将に「誰か」と聞いたら、元大蔵大臣御一行だというのであいさつに来て、その場で泉山さんがあたしを紹介した──。出会いは、たしかそんなシチュエーションだったわねえ。

どこを気に入ってくれたのかわかりませんけど、それからSさんもちょくちょくお座敷に呼んでくれるようになりました。話してみると、泉山さんとは人間が違った(笑)。とてもスマートで、「今日は大変だったね」とか「気をつけて帰りなさいよ」とか、優しく声をかけてくれる。

そんなSさんと結ばれたきっかけも、舞台で負った怪我よ。「そんな足で無理して帰ることはない、ここに泊まって休んでいけばいい」って言われて。まだ生娘で〈おぼこ〉から抜け出していなかったあたしは、深く考えずに、そうしたんですよ。初体験ですか? 「こんなものか」でしたね。舞台で股割りの仕草なんかもやってましたから。

体の関係になってから、Sさんは「どんなことがあっても僕の名前は出さないでほしい。その代わり生活に不自由はさせない。君が大スターになれるよう支援もしよう」と言ってくれました。もちろんこちらにも、二人の仲を明かすようなつもりはありませんでしたよ。