「父親が誰なのか、教えてくれませんか」

「5年の命」と言われた長男も、幸いすくすく育ってくれました。でも、あたしにゃ子どもたちに一つ借金がある。彼らが父親の本名を知ったのはほんの2年くらい前のことで、それまで飛行機事故で死んだことにしてたんです。Sさんにも、赤ん坊の頃抱かせたくらいで、後はいっさい子どもに会わせなかった。

あれは上の子が小学校に入りたての頃だったか、二人して「お父さんになる人を見つけました」と言うんですよ。「おまわりさんに『お父さんになってくれませんか』と聞いたら、『いいよ』と言ってくれた。だからお父さんと呼んでいいですか」って。

若い警官とそんなやり取りをしたんでしょう。父親という存在が欲しかったんだろうねえ。あの時は、さすがに胸が痛んだ。でも、心を鬼にして「お父さんは死んだからいないんだよ」と言い聞かせました。

子どもたちには、あたしのことも「お母さん」ではなく「先生」と呼ぶようしつけた。「この商売は子どもがいるとわかると、お金が入らなくなるんだよ」と言ってね。本当によく言いつけを守ってくれたと二人には感謝してますよ。

最近になって彼らが父親のことを知ったのは、ひょんなことから次男が、父がただ者ではないらしいことに気づいたから。ある日電話がかかってきて、「先生、怒らないでください。父親が誰なのか、教えてくれませんか」と。

もう隠し通せないと観念して、「立派な政治家だった」とすべてを話したんですよ。次男は「わかりました。これ以上、父親のことは聞きません」と言ってくれた。何十年もの間自らが演じてきた長谷川伸先生の『瞼の母』を地で行ってしまった、切ない母の懺悔でござんす。

『瞼の母』の忠太郎

──────────────────────────────────────── ※本記事には、今日では不適切とみなされることもある語句が含まれますが、ご本人の表現を尊重して、原文のまま掲出します