認知は断って、一人で出産

ところがねえ、困ったことにすぐに子どもができちゃった。医者に診てもらったら「2ヵ月です。今ならおろせます」と言うわけ。あたし、母にだけはSさんとのことを話してたの。まずいなあと思って相談すると、「一人で産めばいいじゃないか」という意外な答えが返ってきた。「犬や猫じゃあ、困った時に水一杯くんでくれやしないだろ」って。

Sさんも「おろしてくれ」とは言わなかったね。Sさん夫婦には子どもがいなかったし。ただ「すまないが、すぐには認知できない」と頭を下げられた。産むのを決めたあたしだけど、認知はこちらから断りました。金銭目的で大物政治家の子をつくったと思われるのも、癪だからね。

でも、あたしは子どもができやすい体質だったのか、長男が生まれると年子でもう一人できちゃったんだ。子どもは一人と決めていたんだけど、実は長男は心臓弁膜症と診断されて、医者に「5歳までもつかどうか」と言われてた。だから二人目も産むことにしたの。これも男の子だった。

Sさんは、子どもを育てるために向島に家を買ってくれました。世話は乳母に頼んであたしは実家から仕事に通い、時々泊まりに行くという生活。周囲には子どもがいるなんて、まったく気づかれなかったね。

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だが次男が生まれるとすぐに、浅香さんはS氏と別れてしまう。内縁関係を甘受できなかったからだ。そして彼への思いを断ち切るがごとく、「好きでもなんでもなかった」別の男性と結婚。そんな行動に走らせたのは、S氏の妻だった。

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ある日、向島の家に奥方がやって来て、「Sと一緒になってやってください」と言うの。聞けば、「もう政治家を辞めて一人になりたい」と、家ではろくに食事もとらず、自室に閉じこもってふさぎ込んでいると。自殺でもしそうな様子に、たまらずあたしのところに来たというわけ。Sさんがあたしに心を奪われていることを、奥方は先刻ご存じだった。

でもねえ、「私は女中で結構です。政治家の妻は大変ですけど、全部お教えします。私は一人で休みますから、どうぞお二人で寝てください」とまで言われたんじゃあ……。政治家の奥方として、本当に立派な方でした。学習院出だと聞きました。

それを聞いた瞬間、あたしはなんて悪い女だったのかと思いましたね。Sさんがそんなふうになったのは、あたしが「〈二号〉は嫌だ」と言って、別れたせいでもある。負けましたよ。こんな人を泣かせちゃいけない。だから奥方に「申し訳ありませんが、私には約束した人がいます」と言って、言い寄られていた男とさっさと結婚したんです。そうすれば、Sさんも諦めがつくだろうって。

時代劇以外でも活躍していた。舞台「チャタレイ夫人の恋人」で主役を演じて