撮影:本社写真部
野球をこよなく愛し、名捕手、名監督として日本プロ野球を牽引した野村克也さん。その野球ができなくなっても添い遂げたいと守り続けた妻・沙知代さんを喪って1年半。心境を聞いた(構成=丸山あかね 撮影=本社写真部)

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◆鬼女房も変われば変わるもんだな

野村沙知代さんが虚血性心不全で他界したのは、2017年12月8日。享年85だった。

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彼女が眠る墓は自宅から車で15分ほどの寺にあるのに、行く気がしない。死んだことを認めたくないというか、今でも受け入れきれずにいるんですよ。あんまり急に逝ってしまったものだから。

サッチーもそれなりに老いてはいました。滑舌が悪くなったからと2011年くらいから公の場に出るのを控えていたし、晩年はずいぶんと穏やかになっていた。「死ぬまで二人が暮らせるくらいの貯金はあるから、あなたも楽していいわよ」と言われて、鬼女房も変われば変わるもんだなと思ったりして(笑)。でも元気だったんです。

死ぬ前日も一緒に通い慣れた都内の老舗ホテルへ食事に出かけて、いつもと何ら変わらなかった。最後の夜になるとわかっていたら、大好物だったヒレステーキを食べさせてやりたかったな。

翌日、私は午後に起き出して、居間でテレビを観ていました。そこへお手伝いさんが「奥様の様子がおかしいのです」と血相を変えて飛び込んで来たので、慌てて食堂へ向かうと、サッチーがダイニングテーブルに突っ伏していた。

「大丈夫か?」と声をかけると、気丈に「大丈夫よ!」と。でもそれが最後の会話になりました。息を引き取るまで5分だった。救急車を呼んで病院に搬送したものの、救急隊員の人からは「搬送しても手遅れかもしれない」と告げられて……。

サッチーは死んだのか、と頭では理解していたけど、人の命ってこんなにあっけなく終わるものかなと茫然としたまま涙も出なかった。

実は、亡くなった日の朝に、ベッドの中で急に「手を握って」と言われてね。そんなことは初めてだったから、何をおかしなことを言い出すのかと思ったけど、拒絶する理由もないかと握ってやった。意外な感じがしました。こんなに華奢な手だったかなと。今にして思えば、あれは不思議な時間だったね。

すっかり忘れてたのに、一周忌を迎えた頃に、ふと、サッチーの手の感触を思い出して、「彼女は幸せだったのかな?」と思ったら泣けてきた。

女房に先立たれた男というのは情けないね。一人じゃ何もできなくて。同じ敷地内に息子夫婦が住んでいるから不便はないんだけど、寂しくてどうしようもない。

樹木希林さんは内田裕也さんを迎えに来たのに、サッチーはまだ来ない。50年間、片時も離れずに過ごしたのに、そりゃあないんじゃないかとボヤきたくなりますよ。