カード1枚でも残していって
10日後、夫は心臓に不安を抱えながらも、退院した。その日、正妻は病室に入る前、つかつかと私に詰め寄ってこう言い放った。「はっきり言います。主人とあなたが悪い! 私たちはつい先週まで平和で穏やかに暮らしてきたのに。ここ数日で家族はめちゃくちゃですよ」。突然のことにびっくりして、返す言葉もない。
娘がたまらず「私の前で、一方的に母を責めるのはやめていただけますか」と反論した。夫は26年もの間、週末は私と娘と暮らしてきた。それなのに彼女は夫が家にいなくても平和で楽しい家庭だったというのか。もう何が本当で、何が嘘なのかわからない。
夫に説明を求めたいが、貝のように口をつぐんだままだ。正妻は折り合うどころか裁判を起こすと言いだし、お互い歩み寄ることもなく、夫は横浜の自宅に帰るという。
「とりあえず、向こうに行くけどね。連絡はきちんとするから」と夫が言うと、娘は言い返した。「なぜそう言いきれるの? 洋子さん(正妻)はどう見てもキツい人よ。お父さんはお母さんを一言もかばってあげられなかったじゃない」「お父さんだって男だからなんとかするよ」「だったらクレジットカードの1枚でもお母さんに預けてあげて」「それはできない。こちらから連絡するまではお母さんと2人でがんばってほしい」。
この時私は感じた。夫はまた「嘘」をつくだろうと。私はせめてもの自己防衛として、事の経緯をノートに記録し書きとめていた。そして簡略ながら誓約書を作り、夫に署名してもらうことにした。
「私は年内いっぱいは何も考えず、吉岡氏(夫)の病状回復を待ちます。しかし年が明けても何も連絡がなかった場合は、弁護士に依頼し、それに関わる費用は吉岡氏(夫)のものとします」。読みあげて夫に伝えると、署名してくれた。これが私たち親子と夫の最後の対面となった。