(写真提供:写真AC)

地表の7割を占める海底。そのほとんどすべてに穴を掘って暮らすのがゴカイやユムシなどの底生生物である。そして近年まで謎につつまれてきた彼らの生態を「巣穴」を解析することで明らかにしてきたのが清家弘治氏だ。世界初となる発見を重ね、文部科学大臣表彰・若手科学者賞を受賞した著者によると、10センチ程度のアナジャコが、大きな湾全体をろ過しているという――。

※本稿は、清家弘治『海底の支配者 底生生物』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

アナジャコは体長の20倍もの深さの巣穴を掘る

私が研究をしている底生生物の巣穴、その一つの例として、甲殻類であるアナジャコの巣穴を紹介したいと思います。

アナジャコという名前からは寿司ネタにもなる、いわゆる「シャコ」の仲間と思われがちです。しかしアナジャコは、そうした普通のシャコとは異なった分類群に属する甲殻類です。

アナジャコ。体長は大きいものでも10センチ程度

下図は、1匹のアナジャコが作った巣穴です。その特徴はアルファベットの「Y」に似た形にあります。海底に二つの入り口が開いていて、それらから続くトンネルが地中深くで繋がっています。そしてそのトンネルはさらに下の縦穴へと繋がるという形になっています。

《アナジャコの巣穴とそこに共生する二枚貝のヒメマスオガイ》

『海底の支配者 底生生物』で詳述していますが、こうした巣穴の形は近年になって開発された「型どり」という方法で文字通りそのまま型を取り、それを抜き出すことで解明されるようになりました。

なおアナジャコの体長は、大きい個体でもせいぜい10センチ程度しかありません。しかし、それに対して、アナジャコの巣穴の深さはなんと2メートル以上にも達します。つまり、体長の20倍以上に相当する深さのトンネルに、たった1匹で棲んでいるのです。

「型どり」の例。これは深海底1173メートルで型どりされたキヌタレガイの巣穴型