くじは当たらず、人生の選択は裏目に出てばかり。 それでも強く生きてきたんです――(「読者体験手記」より)
不運が狙いを定めて降ってきた
世の中には確かに運のいい人と悪い人がいて、運の悪い人には、そうでない人にはとうてい想像がつかないほどの悲しいエピソードが日々繰り広げられ積み重なっている。不運というやつは天から狙いを定めて降ってくるのだ。
私がそんな運命にうっすら気づき始めたのは、小学校1年の春のこと。
1年生全員に朝顔の種が数粒ずつ配布され、1学期が終わる頃には、ほとんどの子の鉢に緑の葉が並んでいた。しかし、私の鉢だけは発芽の気配がなく、終業式を迎える。
ほかの子が「重てー」と言いつつ自慢げにゆらゆらと蔓を揺らしながら鉢を持ち帰る姿が心底うらやましかった。朝顔の観察日記が夏休みの宿題だったが、何もできない。
その後もくじ運、じゃんけん運など一切恵まれたことはなく、ことごとく負けの神に見込まれた60年。
朝顔の種に限らず、平等に配られたなかのたったひとつのハズレが私に回ってくることはよくある。面倒な役員を決めるくじなどは必ずといっていいほどの確率で当たるのだ。