「書くことで、「自分の中に溜まったもの」を外に出したい、という思いは強かったです。最初の自己表現は、母に物語を話すことでした。私がいつも同じ本の読み聞かせをせがむので、「じゃあ、このお話の続きを考えてみましょう」っていう遊びをしてくれて」(松井さん)

松井 私は、日常生活の中にある「柔らかい悪さ」、「優しさの中にある狡さ」みたいなものを見つけて書くのが好きなんです。読み手の方にもリアルに感じるところがあるのかな、と想像しながら書くのは、やっぱり楽しいですね。

柚月 松井さんが小説の中でも、そういう人間の多面性にスポットを当てようとしていることがよくわかります。もともと、関心をお持ちだったのですか?

松井 そんなことばかり考えていたというのが、正しいかもしれません。芸能界に入ってからも、共演者の方々に実際にお会いしてみると、パブリックイメージと違う面を知って驚いたり、興味を惹かれたりしました。私、人間ってサイコロみたいだと思うんです。普段見せているのは1だけど、ひっくり返すと実は6も持っていた、というような。

柚月 それも、松井さんらしい言い回しですね。人が持つ多面性は、私も常に意識して書いています。

松井 『盤上の向日葵』の桂介もそうですよね。初めは取っつきにくい人間なのかと思っていたら、お話が進むにつれて、まったく違う面が見えてきて。キャラが多面化されていき、ついにラストに辿り着く。

 

表現者の原点は母との思い出の中に

柚月 女優も作家も表現に関わる仕事ですけど、そういうことをやりたいという気持ちは、小さな頃から持っていたのですか?

松井 書くことで、「自分の中に溜まったもの」を外に出したい、という思いは強かったです。最初の自己表現は、母に物語を話すことでした。私がいつも同じ本の読み聞かせをせがむので、「じゃあ、このお話の続きを考えてみましょう」っていう遊びをしてくれて。

柚月 いいお母さんですね。亡くなった私の母は、本も漫画も大好きな人で。母とは「私はこのキャラが好き」「この話が面白かった」などと話し合っていました。今思えば、想像の──お話やキャラを創造することも含めて──楽しさを教えてくれたのかも。その後の人生でつらいことがあった時も、「もっとお金持ちの家に生まれていたら」「私がこの人だったらどうだったかな」などと想像して救われることがありました。