夜中に目が覚めると足下に母親が立っていた

村のしきたりで、人が死んだら49日の間、夕方になると墓の提灯を灯さなければなりません。母親の墓の提灯を灯しに行くのは僕の役目だったのですが、墓に行くのが恐くて、提灯を灯すと一目散に逃げ帰っていました。墓には霊がいるからです。

母親が死ぬ前か死んだ後かはっきりしないのですが、夜中に目が覚めると足下に母親が立っていたことがありました。何も言わずただじっとぼくを見ているのです。ぼくは母親が帰って来たと思って安心して、そのまま眠ってしまいました。後から考えると夢だったかもしれないし、死ぬ前に一目子どもを見ておこうと、夜中にこっそり帰って来たのかもしれません。死んだ後だったら幽霊です。

幽霊なんて言うと笑われるかもしれませんが、僕が子供の頃は、人が死んでも49日の間は、その霊がお墓や家の近くにいて、49日経つとあの世に行くと言われていました。あの世に行った後は、毎年お盆に帰って来るのですが、この世に未練がある人の霊は、あの世に行けないで家の周りを彷徨っているとも言われていました。

小学1年生頃の筆者(写真提供:末井さん)

親戚のお爺ちゃんが亡くなった時、その1週間後にその家のお婆ちゃんが亡くなったことがありました。お爺ちゃんが迎えに来たと村のみんなは言っていました。雨がしとしと降り続いていて、その家の周りに霊が漂っているような気配がして、恐かったことを覚えています。

そういう体験を子供の頃にしているので、霊なんかありません、死んだら何もかもなくなっておしまいです、というふうにどうしても考えられません。

かといって、死んだあと霊は本当に残るのか、あの世という世界は本当にあるのかと言われれば、あるのかないのか半信半疑といったところです。しかし、霊とかあの世とかがあると思うほうが、死が豊かになるのではないでしょうか。心中した母親も、好きな男とあの世で楽しく暮らしていると思うと微笑ましくなります。