介護老人ホームに入っている妻の美子ちゃんのお母さんと面会。1月で91歳になる(写真提供:末井さん)

馬鹿っぽい死に方が、何だか父親らしい

父親はテレビに出たくて仕方がなかったようで、「NHKのど自慢」に何回も応募して、やっと出られるようになったという手紙が来ていました。その手紙が来てすぐ、伯母さん(父親の妹)から電話があり、父親が亡くなったことを知らされました。

父親が暮らしていた町営住宅に行くと、近くに住んでいる伯母さんと数名の人が集まっていました。父親はどこにいるのか伯母さんに聞くと、台所のほうを指差します。行ってみると、父親の死体が風呂場の前に真っ裸で転がっていました。手足を曲げて風呂に入ったままの状態で固まっていて、それが年老いた赤ちゃんのようでした。

ぼくは浴衣を探して着せましたが、伯母さんたちはそういうことにまったく無関心で、葬儀はいくらかかるのかとか、貯金はなかったのかとか、お金の話ばかりしていました。
町営住宅は平屋建ての長屋形式で、一棟に4世帯が住んでいます。父親が住んでいた部屋の隣の奥さんが、前日の夜「浪曲子守唄」を歌っている父親の声が聞こえたと言っていました。「NHKのど自慢」の予選が通ったので、練習を兼ねて風呂の中で歌っていたのではないかと思います。「浪曲子守唄」は浪曲調の歌で、喉から絞り出すような声で歌うと上手く聴こえるのでついつい気張ってしまい、心臓麻痺か何かでポックリ逝ったのかもしれません。

次の日、ときどき訪ねてくれる民生委員の方(ぼくが小学生の時の担任の先生)が、応答がないので不審に思って入ってみたら、風呂の中で死んでいたそうです。能天気で、間抜けで、馬鹿っぽい死に方が、何だか父親らしいと思ったりしました。