「ママのこと頼んだよ」
5年前、実家の父が脳梗塞で倒れた時のことである。駆け付けた私はそのまま実家に残ることになった。高齢の母はやむなく介護施設にお願いし、私は両親のいない実家でしばらく1人で過ごした。麻痺が残った父の昼食の介助に病院へ行き、夕食と歯磨きを手伝って家に着くのは夜の8時。真っ暗で静まり返っただだっ広い家に入っていくのは心細かった。
2週間ほど過ぎた頃、長女がトミーをタオルにくるんで鞄に入れ、父のお見舞いに現れた。そして翌日帰る時に長女は「ママのこと頼んだよ」とトミーを残してくれたのだ。
その夜、トミーが家で待っていると思うと足取りはいつもより軽くなった。部屋に入ると、暗がりの中にトミーのシルエットが見えて、明かりをつけるとトミーの目がキラキラと輝いている。その顔は「大丈夫だよ、ボクがいるよ」と言っているよう。抱きしめるとちょっとくたびれた体からは懐かしい匂いがする。
おかげで眠れるようになり、1人の食事も寂しくない。看病生活が終わる頃にはトミーは私にとってかけがえのない存在になった。