イラスト:古谷充子
35年前、友人から結婚のお祝いとして贈られた一匹のくまのぬいぐるみ「トミー」。2人の娘が生まれ、成長していく日々のそばに、いつもトミーがいてくれた。やがて次女が進学のため、家を離れることになったときーー(「読者体験手記」より)

愛犬を亡くし心にぽっかり穴があいた

わが家には、身長25センチ、体重150グラムほどの小さなクマがいる。毛並みは悪く、耳や鼻、足の一部の毛が抜けて擦り切れてしまった。今から35年前、私の結婚祝いに友人が贈ってくれたぬいぐるみだ。その頃は毛がふさふさで、今よりも一回り大きく、茶色のコーデュロイのズボンと、白い丸襟がついた茶系のチェックのボレロを着ていた。

当時、夫の家で飼っていた雄のポメラニアンが、結婚した年の冬に病気で亡くなった。1年足らずの付き合いでも、心にぽっかりと穴があいたように寂しい。丸顔に黒いつぶらな瞳、小さな体、愛くるしかった犬の姿が、このクマのぬいぐるみに重なり、私はぬいぐるみに亡き犬の「トミー」という名前をつけた。

やがて娘が誕生すると、トミーの居場所はタンスの上からベビーベッドへ移り、娘の良き遊び相手になった。3年後に生まれた次女にとっても同様で、ままごとの時、テレビを見る時、いつも一緒。だが次女が幼稚園に入る頃には出番が減り、彼はいつの間にか娘たちの本棚の中へ引っ込む。

素直でかわいかった娘たちにも反抗期が来て、私の言うことを面倒くさそうに聞きロクに返事をしなくなった頃のことだ。本棚の中のトミーと目が合った。私は試しにトミーを出して娘の前に置き、声色を変えて話しかけてみた。「お姉ちゃん、ちゃんとママの言うことを聞かないとダメだよ」。