50年代、抽象画を描くようになる前の様子

芸術は人の心にどう働きかけているのか。世の中が嫌になった。けれど文学などを読んで、生きる気力を取り戻す。人生観が変わるほどの影響を及ぼすこともあるでしょう。そこまではっきりしたものではないけれど、気持ちが和らぎ、静められる、ということもあるでしょう。

心が落ち込んだ時、芸術に触れて心を立て直す、という人が私の周りにいました。つらい時、歌を口ずさんで自らを慰める人もいます。芸術には凝縮して固まった心をほぐしてくれる作用があるように思います。

 

現実を写実するのではなく「生み出す」

抽象画は、現実そのものを表現するのではなく、現実が持っている夢や怒り、悲しみみたいなものを、その現実のなかから抽出して、別のかたちに置き換えます。すでにある現実を写実するのではなく、生み出しています。

想像力が主になっているので、現実はずっと後退しています。言葉を換えれば、どんなことだってやろうと思えばやって構わない世界です。しかし、やっても、やっても、まだまだ何の表現もできてないと思うから、いまも私は筆をとっています。

そして幸か不幸か、行き詰まることはありません。行き詰まるわけがない。永遠にやり続けても、終わらない世界にいるのだから、行き詰まるはずがありません。これは幸せなことと言えば幸せです。