それでも、《何者でもない自分》に再び戻るのは絶対にイヤでした。離婚して、子どもたちには迷惑をかけることになるかもしれないけれど、それでも母親である私が輝いて、毎日を前向きに過ごしていたほうが子どもたちも幸せに違いない。離婚を決意してからは、「とりあえず経済力をつけなきゃ」と、正社員の口を探して必死に働きました。

その間、子育てもして、小説も書いていたわけですから、今、思えば、それこそ満足に寝る暇もなかったはず。それでもなんとか頑張れたのは、作家になりたいというブレない夢があったから。そのおかげか、携帯小説の世界ではぜんぜん人気が出なかったものの、「一般文芸のジャンルで勝負してみたら?」という携帯小説サイトで知り合った友人のアドバイスに従ってR‐18文学賞に応募してみたところ、二度目の応募で大賞をいただいて、作家として本格的にデビューすることができたのです。

 

毎晩のビールタイムが一番のストレス解消

最初こそ私の行動に渋い顔をしていた両親でしたが、私の書いた小説が書店に並ぶようになってからは、応援してくれるようになりました。今日のように取材で私が家を空けるときなどは、母が子どもたちの面倒を見てくれるので安心です。実家の近所に住んでいるので、ここまでやってこられたというのもありますね。

とはいえ、普段の私は大半の時間を家の中にこもって過ごしています。家族が出かけた朝8時から、夕飯の準備を始める夕方6時までが執筆時間。居間のテーブルにノートパソコンを置き、書きかけの小説を開きっぱなしにしておいて、書くべき文章が頭に浮かんだら、家事の合間にパソコンの前に座ってキーボードを打つことの繰り返し。

今日はちょっぴりおしゃれをしていますけど、家にいるときはスッピン、眼鏡で頭はボサボサ。お気に入りの江頭2:50のTシャツにヨレヨレのジーンズという小汚い恰好。きちんとメイクをしてテレビや新聞で取材を受けているときとのギャップが激しいので、子どもたちの学校の保護者会などで、時折、顔を合わせるお母さんたちにも、私が作家であることはほとんど気づかれずに済んでいます。