2021年本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』(著:町田そのこ)

好きな道をまい進するために離婚という選択を

そこでまず、夜泣きがひどかった娘を片手で抱えてあやしながら、もう一方の手でガラケーの文字を打って小説を書き始めました。当時、10代の女の子たちに人気だった携帯小説からやってみようと。

その間に長男を妊娠、出産し、時間的にも体力的にも大忙しの日々でしたけど、それでも小説を書き始めたら、毎日が楽しくなっていきました。それまではただただつらかった子どもの夜泣きも、「ラッキー! 目が覚めてしまったし、あやしながら小説を書き進めよう」と思えるようになりました。ダラダラやっていた家事も、できるだけ早く終わらせれば、空いた時間で小説を書ける、と。書くことが張り合いになり、自分が輝ける時間があると感じられるようになったことで、本来の《自分》をどんどん取り戻していったのです。

「自分」というものがどんどんくっきりとした形になっていくと、「自立」という言葉を意識するようになりました。自分自身の力で子どもたちを育て、生きていきたいと思うようになったんです。執筆するようになってから、夫との微妙な意識のズレを感じていて、それも原因の一つになったように思います。最初こそ小さかったズレは次第に大きくなり、その結果、離婚を決意しました。

もちろん、周囲は大反対。「子どもたちがかわいそうだ」と、シングルマザーになることを誰も応援してくれませんでした。私自身も決して悩まなかったわけではありません。自分の夢を追ったうえに、子どもたちを振り回そうとしている。それはわがままにほかならないんじゃないか? 私は大人にも母親にもなりきれていないんじゃないか? と。