『ナラタージュ』島本理生・著

 

泉は高校時代、葉山先生のことが好きだった。大学生になった泉に葉山先生から連絡が来る。演劇部OGとして高校生たちの文化祭演劇を手伝ってくれ、と。

基本的に『ナラタージュ』は泉と葉山先生の恋物語として進む。今回紹介したのは、高校時代の泉が葉山先生のことを好きだと気づいた場面。つまり、泉にとって葉山先生という存在が変化したシーンである。

 

エピソードを陳腐にしない

泉は高校時代、いじめを受けていた。そしてこの朝、ふらっと「死んでしまおう」と思って家を出る。

そして駅のホームで思う。この電車に乗って、いくつか行った駅で死んでしまおう。

そう思ったとき、偶然、葉山先生がホームに降りてくるのだ。

自殺を考えていた泉は、葉山先生の登場によって、思いとどまる。

……これだけ書くと、恋愛小説としてはやや陳腐に思えるかもしれない。自殺を考える駅のホームに、偶然ヒーローがやって来るなんて。ちょっと出来過ぎ、わざとらしいエピソードに見えなくもない。

しかし『ナラタージュ』は決してこのエピソードを陳腐にしない。それはいくつかの素晴らしい加工があるからだ。

まず、上に述べたような「駅のホームでヒロインの自殺をヒーローが止める」エピソードを描くなら。一番ぱっと思いつくのは、あれじゃないだろうか。

自殺を考え、ふらっとホームの端に近づくヒロイン。しかし突然そこに現れたヒーローが彼女の腕をとる。何やってんだ、とヒーローは言う。はっとするヒロイン。

……こんな感じじゃないでしょうか。

でも、これだとありきたりエピソードの域を出ない。これでは名場面にならん。

『ナラタージュ』のいいところは、まず葉山先生がやってくる場所だ。泉が「この電車で自殺する駅まで行ってしまおう」と考える、その駅のホームであるところだ。