「この人の前では死ねない」と思えることこそが
でも、『ナラタージュ』は、電車に乗ってから、はじめて泉は葉山先生のことを好きだと気づく。……なぜこう描いたのか。
そこには泉の価値観が反映されている。
泉にとっては、「この人の前では死ねない」と思えることこそが、好きだという感情だったのだ。
瞬間的に、あ、葉山先生の前で死ぬなんてできない、と思う。いくら死にたくても、この人を悲しませる、傷つけるようなことはできない。――それが泉にとっては恋という感情だった。
ああ、自分がそう思える相手ってことは、好きなんだな、と後から気づく。泉の性格が、ものすごくよく出た美しい場面だと思う。
自殺を思いとどまってはじめて「ああこの人のことが好きなんだ」って気づくという流れが、この名場面のキモなのだ。
葉山先生との出会いは、泉の人生を変えた。そんな泉にとって葉山先生が特別な人になった、つまりは関係性の変化を描いた超重要場面である。