死者と生きている人
思い出と生きている人もいれば、死者と生きている人もいます。
奥野修司さんの本『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』(新潮文庫)を読むと、東日本大震災の津波に襲われた地域で、不思議な現象が起こっているのだそうです。その「幽霊譚」ともいうべき話を、奥野修司さんが聞き集めたのがこの本です。取材したのは震災の2年後から数年間だと思われるので、今もそうなのかは定かではありません。
例えば、タクシーの運転手さんから聞いたというエピソードがあります。宮城県の古川駅から陸前高田の病院までお客さんを乗せたのだけど、着いたところには建物の土台しか残ってなくて、「お客さん!」と言って後ろを振り向いたら、誰も乗ってなかった――思わず背筋が寒くなりますが、こんな興味深い話がたくさん出て来ます。
そのなかで印象に残ったのが、津波で奥さんと1歳10ヵ月の娘さんを亡くしたKさんの話です。2人の遺体を火葬した夜、奥さんと娘さんが夢に出て来て手を振っていました。それからは、ただ目を瞑るだけで奥さんと娘さんが出て来るようになり、「私がいないとつまんない?」「信頼している」「待っている」とか、声も聞こえるようになるのです。そして、死者と話すのが日常のようになったKさんは、この体験がなかったら生きられなかったかもしれないと言っています。そしてこう言います。
「私にとって何が希望かといえば、自分が死んだときに妻や娘に逢えるということだけです。それには魂があってほしい。暗闇の向こうに光があるとすれば、魂があってこそ逢えると思うのです。それがなかったら、何を目標に生きていけばいいのですか」
これはぼくの勝手な想像ですが、Kさんは奥さんと娘さんが亡くなったことを受け入れられなかった、だから2人の幽霊を現出させた、そのことによってKさんは生きられるようになったということではないかと思うのです。