子どもの頃にふれた名曲をもう一度

ボストン交響楽団との復活コンサートの後、18年7月からアルバムの収録に入った。それが最新アルバム『ラン・ラン ピアノ・ブック』である。「エリーゼのために」(ベートーヴェン)、「乙女の祈り」(バダジェフスカ)、「ソナチネ第1番」(クレメンティ)など、よく知られた小品が収められている。なぜラン・ランほどのピアニストがこのような小品集を作ったのだろうか。


『ピアノ・ブック』に録音した作品の多くは、私が子どもの頃大好きでよく弾いていた曲です。モーツァルトの「ピアノ・ソナタ第16番」は私が5歳の時、最初のリサイタルで弾いた曲なんですよ! 「乙女の祈り」は演奏すると誰もが心を開いてくれる美しい曲ですし、「エリーゼのために」は何度聞いても素晴らしいと思わされる。これらの、「初級者向け」といわれる曲を私が感情を込めて弾くとどうなるのか、ぜひみなさんに聴いてもらいたいと思ったのです。

幼い頃の私は、曲に込められたものを自分なりに感じつつ、楽譜に忠実に演奏していましたが、大人になってあらゆるピアノ曲を演奏したことで、作曲家の個性や特質への理解が深まりました。その知識を小品の演奏にも活かすことで、新しい発見が得られたと思います。

実はこのアイディアは、名ピアニストのウラディミール・ホロヴィッツから借りたものなのです。私は子どもの頃、ホロヴィッツがシューマンの「トロイメライ」などの小品を演奏したアルバムを聴いて、本当に感動しました。超絶技巧を必要とする作品ではなく、いずれもごく簡単なもの。でもホロヴィッツは、すべての音楽体験を注ぎ込んで素晴らしい演奏をしていました。その感動を、今度は私が子どもたちに与えられたらと思ったのです。

アルバム収録曲の中には2曲、日本の作品があります。1曲は坂本龍一さんの「メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス」(映画『戦場のメリー・クリスマス』より)。非常にドラマチックな作品です。シンプルなメロディーがやがて大きな感情のうねりに変わり、最後には大噴火する……! 東洋的な旋律が西洋音楽の構造で書かれている面白さもあるし、何よりハーモニーの使い方が独創的です。

私は坂本さん自身による演奏も大好きです。とてもミステリアスで繊細。でも、私が弾くならもっとドラマチックにしたい! 思い切って坂本さんに相談したら、私向けにアレンジしてくださいました。私はそれを自分なりに解釈しただけですから、ラクしていますね(笑)。ぜひ坂本さんの演奏との聴き比べを楽しんでほしいです。