しかし夫が亡くなって1年ほどたった頃、混雑する駅の構内で、自分の見えざる意思を知った。夕方、みんなが急いでいる時刻に階段を上っていると、下りてくる乗客と左半身が勢いよくぶつかり、頭から真っ逆さまに落ちそうになった。

その瞬間、力強く手すりに抱きつくようにつかまったのだ。とっさの行動は正直なもので、思わず自分を守り、助けた。私はまだ生きることを望んでいるのか。

 

若い素敵な、絵の先生との食事

以来、どうせ生きるのなら、これからは明るく楽しく生きていこうと考えるようになった。

そこで、頭の中を整理してみた。

(1) 過去にさかのぼって、仮に離婚をしていたら、資産や預貯金は多く見積もっても今の半分以下だろう。しかし夫が私に遺した財産は、すべて私のものである。それなりに裕福に暮らしていける。

(2) 20年ほど続けている趣味の絵は、確実に上達している。その仲間との小旅行を2ヵ月に3度ほどのペースで楽しんでいる。3泊4日の国内旅行や1週間程度の海外旅行だが、格安ツアーではなくオーダーツアーを組んでもらって北海道やベトナムまで出かけた。

(3) 絵の先生は60歳。若い素敵な男性である。レッスン日のあとは、絵の仲間には知らせずいつも2人きりで夕食をご一緒している。支払いは私持ちというのがちょっと気にかかるが、払える私が払うのが当然かな、とも思う。老後という年齢になって元気で出かけられるのもあと数年。ならば、もう少しお金を使ってもいいぐらいである。