「宮澤家のなかで、自分らしくいられることって何だろうと悩み、コンプレックスみたいなものもうっすら感じていましたが、小学校で演劇部に入ったとき、「これだけは姉よりうまくできる」となぜか根拠のない自信を持ったんです」

ミュージカルの歌唱は「壁」の連続

実際にこの道に進もうと決めたのは、アメリカでの大学生活を終えたとき。いまチャレンジしなかったら一生後悔すると思ったのです。とはいえ、どうしたら芸能界に入れるのかもわからず、日本で家庭教師のアルバイトをしながらボイストレーニングに通う日々。

ご縁があって今の事務所に入り、祖父のおかげでテレビに出られるようになってからも、自分のやりたい芝居や歌になかなかつながらなくて、悶々としていました。

だから、思いもよらずミュージカルという道が拓けたときは、もう必死でした。初舞台では、宮本亞門さんに何度もダメ出しされて、悔しくて泣いてしまったことも。ポップスやジャズの勉強はしていましたけど、役として歌うのは初めてで、壁にぶち当たりました。

仕事場で泣いたのはこの時が最初で最後ですが、今も経験を重ねるごとに自分の至らなさを感じてばかり。作品によってクラシックからロックまで曲調がさまざまだったり、役によって声色を変えていくミュージカルの歌唱は、「壁」の連続です。

でも、そういったテクニカルな部分以上に模索してきたのは、「自分にしかできないことは何だろう」ということでした。歌や芝居やダンスが上手な方は大勢いらっしゃる。そのなかで選んでいただくには、この役をこの人にやらせたい、宮澤エマにぴったりだと思ってもらわなければなりません。そのうえで予想を超えるものを提供できるようにする。そうして初めて、役や作品が広がっていくと思うんです。