「雪が降ってきてよかった」

感傷的になっている辰平に比べて、おりんの冷静さがカッコいいのです。

辰平が泣きながらよろよろ山を降りていると、雪が降ってきます。雪が降るのは運がいいことなのです。おりんが「わしが山へ行く時ァきっと雪が降るぞ」と言っていた通りになったので、辰平はおりんに雪のことを知らせようと、山の掟を破っておりんのいる所に戻ろうとします。おりんに雪が降ってきたことを知らせようということより、おりんと話がしたかったのです。「本当に雪が降ったなあ」と言いたかったのです。

岩陰からおりんを見ると、前髪にも、胸にも、膝にも雪が積もって白狐のようになったおりんが、一点を見つめながら念仏を称えています。辰平は「おっかあ、雪が降ってきたよう」と大きな声で言うと、おりんは静かに手を出して辰平の方に振ります。帰れと言っているのです。その時、屍肉を食うカラスが1匹もいなくなっていることに辰平は気がつくのです。

「雪が降ってきてよかった。それに寒い山の風に吹かれているより雪の中に閉ざされている方が寒くないかも知れない、そしてこのまま、おっかあは眠ってしまうだろう」と辰平は思うのです。辰平は「おっかあ、ふんとに雪が降ったなァ」と叫ぶと、一目散に山を馳け降りて行きます。